釣りをしている夢を見ていた。
目の前に広がる空も海も穏やかで、澄んだ青が美しい。
優しい風が体を包み、そこはただ、ただ心地よい場所だった。



「氏康、起きよ」

揺り動かされて目を開けると、小太郎の顔が映った。
少し休憩しようと寝転がったはずが、思いのほか寝込んでいたらしい。起き上がる気にはなれず小太郎の顔を見ているうちに、あの夢を思い出した。

「綺麗な色だな」
「何の話だ」
「お前の目の色だよ」

すぐそこに在るのに掴めない、それでいて包み込むようにいつもそこに在るもの。
空や海の在り様と、小太郎の存在は俺にとって似た存在だ。

「その様な戯言を言うのは、うぬくらいのものだ」
「そうか？」

そうだと小太郎は苦笑する。
凶つ風、混沌の魔。目の前の大柄な男はその容姿も相まって人から恐れられている存在だ。

「気味が悪い、となら言われたこともあるが」
「俺はそうは思わねぇが、まぁ…ぱっと見、怖くねぇって言ったら嘘になるな」

幼い頃、抜いた懐刀に映ったこの男の形相に怯えた事実は消しようもない。
今となってはどうやっても恐ろしく思うことは出来ないが、それは己が小太郎をよく知ったからに他ならず、他の者に恐れるなと言うのは無理な話だ。

「けどよ、別に俺がそう思ってるんだからいいじゃねぇか」
「クク…うぬがどう思おうが、うぬの勝手だ」

小太郎の手が伸び、髪を撫でた。
まるで先ほどの優しい風に包まれている様な心地よさに思わず瞳を閉じる。

「我はもう行く」

低い声が響いて瞼を開けると、そこにもう小太郎はいなかった。



開いたままの障子の向こうに空が見える。
美しい小田原の空。その下に広がる小田原の海。どちらも自慢できる故郷の風景。けれど、どれだけこの地を愛しているとしても、自分だけの特別な場所は他人に教えたくない。
同じ感情を俺は小太郎に持っていた。

「小せぇ男だよな」

空に向かって手を伸ばす。
指の隙間から零れる青は小太郎の色だった。



見つめあうたび、

→Return to Index