「明日帰る」

そんな文が氏康の手元に届いたのは今朝方のことだった。
目立った戦もなく、比較的穏やかな時間が流れているうちに、と間諜を目的に小田原を離れていた風魔小太郎から送られてきた短い知らせ。
御所に戻っていた氏康はすぐさま立ち上がると人を呼びつけた。

「日が落ちる前に城に戻る」


■□■


当主の一言に館は慌しい雰囲気に包まれた。
喧騒を聞きつけ、奥から奥方や子どもたちも顔を覗かせる。

「氏康様、城にお戻りになるとか…」
「あぁ。急ですまねぇな」
「また戦が起こるのですか？」

不安そうな表情をする妻を安心させる様に氏康はその肩を抱いた。

「そういう訳じゃあない。間諜に出ていた風魔が戻ってくるらしくてな。報告を聞きに戻るだけだ」
「そうでしたの」
「だから心配するこたぁねぇよ」
「わかりました」

大丈夫なのですって、不安そうに両親を見上げている幼い子どもたちに母が語りかけると、その優しい表情に状況を察したのか、子どもたちの顔にも笑顔が戻る。

「心配いらねぇから向こうで遊んできな」

そして父の大きな手に頭を撫でられると、きゃっきゃっと声を上げ走っていった。

「間諜って言っても、他国の視察に近い内容の任だから問題ねぇと思うんだが、あいつらの帰ってくる所は城だからよ。俺がここに戻ってくる時みてぇにちゃんと迎えてやりてぇんだ」
「わかっております」
「……留守中頼む」
「はい」


■□■


「明日、帰る…か」

己の元へ帰ってくる。
己があの男の帰る場所なのだ、そう思うとくすぐったい様な気持ちがこみ上げる。

「どんな土産話が聞けるのか、楽しみだ」

氏康は浮かれた気分を押さえながら、城への帰路についた。



一日中浮かれてしまった

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