偵察の報告に訪れた小太郎の様子がどこか気に掛かった。
何が気になるのだろう。
言っている事はまともだし、普段からの憎まれ口も健在なのだが、どこがぼんやりしている様に見える。その違和感の正体を探して下から上へと視線を這わせ、あることに気が付いた。

「おい、目…どうした。赤いぞ」

小太郎は言われてから片手で己の目頭を押さえた。
目を瞑り、暫し揉む様にしてから瞬くが、赤みはそれほど治まった様には見えない。

「気付いてなかったのか？ お前らしくもねぇ」
「少し寝不足なのでな」
「寝不足？」

本当に睡眠不足で赤くなったのだとしたら、相当眠っていないに違いない。それほど負担のかかる偵察を頼んだ覚えもないから、野暮用で寝ていなかった所に偵察を依頼されてしまった、というところだろうか。
城に居る間は共に過ごすことが多いが、二十四時間一緒にいる訳ではない。氏康には氏康の仕事があり生活があるのと同様に、小太郎にも小太郎の生活がある。
と言っても、

（こいつの事だから徳川の忍びにでもちょっかい掛けていたのか、それともどこかの戦を掻き回しに行っていたのか、そんなところだろうけどな…）

彼の行動パターンから推測できる結果はそれくらいしか思い当たらなかった。

「ったく、夜遊びも大概にしろよ」
「クク…、子犬が言う様になったものよ。嫉妬しているのか、氏康」
「はぁ？」

彼にしては珍しいことを言うものだと思った。
この様な絡み方をしてくることなど滅多にない小太郎の発言に氏康は引っかかりを覚え、座卓に移動しようとしていた足を止める。

「お前、眠すぎて頭回ってねぇんだろ」
「そうかもしれぬ」
「なんかあったのか？」

いつもは小太郎がしてくる様に手を伸ばし、彼の髪を撫でた。
小太郎はじっとしている。自分よりも上背のある小太郎の頭を撫でるのは億劫で、氏康はその頭を己の肩口に引き寄せ、やはりいつも小太郎がする様に頭を撫で続けた。

「それともなにか。お前が、俺に嫉妬させる様なことでもしてきたって言うのか？」

小太郎の肩が可笑しそうに揺れた。
その嘲笑とも取れる笑いは次第に収まり、それからポツリと呟いた。

「しておらぬ」
「んなこたぁ分かってんだよ、ド阿呆」
「大した自信よな」
「お前がそういう奴だってことは俺が一番良く知ってる。疲れてる時はろくな事考えねぇもんだ。今日はもういいから、寝ちまえ」
「そうさせて貰おう」
「なんだったら此処で寝ていってもいいぜ」
「遠慮する」

氏康は最後にポンポンと小太郎の背を叩き、それからそっと体を離し背を向けた。
背には未だ小太郎の視線が感じられたが、振り返りはしない。

「…小太郎。明日は釣りに行くんだからな、付き合えよ」
「覚えておこう」

ヒュッと風が巻くような音がして、小太郎の気配が消える。
氏康はそっと背後を振り返った。思った通り、そこにもう小太郎の姿はない。
自分に、何かしてやれることはあったのだろうか。

すぐに書き物を再開する気にはなれず、氏康は煙管に火を入れ、小太郎が出て行ったのだろう天守の方へ出てみた。
日が傾いて赤々と染まる空が広がっている。

「約束、したからな」

風魔の里がある方向を見つめ、煙を吐き出す。
明日には荒れた波が治まるように、と願いながら氏康は一服することに決めた。



赤く染まった、

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