08
「お、おい！待てッ…何しやがる！感染るって…何度言わせるんだ！」
「感染らぬ！感染らねば良いのだろう？」
「冗談じゃねぇぞ！嫌だ。てめぇに無茶苦茶されるくらいならインフルエンザで死んだ方がましだ！」
圧し掛かっている体がビクッと震えた。
小太郎は俺を組み敷いたまま、動かなくなった。
ただ、何かに必死に耐えている様子だけは窺い知れる。
（何だよ。何で俺みたいないい歳した親父にここまでするかな）
分からない。
風邪を引いた、指を切った、と毎日毎日訪れて来た小太郎。
はっきり言ってストーカーじゃねぇか、と思いもしたが…不思議な事に嫌ではなかった。悪意も感じなかった。今も、現実にここまでされているというのに嫌悪感はない。
（俺がどうかしちまってるのか？それとも前世で知り合いだったとか…？有り得ねぇか）
熱の所為かそんな事まで思ってしまった。
小太郎に惚れている訳ではないのだ。何もかも許してやろうとは思わないが、嫌な奴ではないということだけは確かに分かる。
「おい、重いぞ。それに…寒い」
「すまぬ」
「別に怒っちゃいねぇよ。だから、退いてくれ」
ややあって、小太郎の体重が引いていった。
それから数時間後。
熱は嘘の様に下がった。薬が切れたらまた上がるのだろうが座薬ってのはこんなにも効くものだったんだな。だが二度と使いたくねぇ、と思う。
「今のうちに別の薬買いに行くかな」
「何を言っている。うぬはインフルエンザなのだから外出禁止に決まっておろう」
「お前はまだ帰らねぇのか」
小太郎は朝になっても居た。そして、しれっと言ってのける。
「帰らねばならぬのか？来週までうぬは休業するのであろう。ならば居たい」
「居てどうするんだよ」
「看病する」
「本当だな？」
念押しの意味に気づいたのか、小太郎はニヤリと笑った。
「うぬがインフルエンザの間、我に触れられたくないというのなら治るまで待つぞ？」
「待つってお前な、誰がくれてやると言った。大体…」
本気なのか、とは聞きたくなかった。小太郎の本気さはひしひしと伝わっていたし、確認してしまえば返答しなくてはならなくなる。
俺だって色々考えた。
小太郎が何の目的で俺に近寄ってきたのか。
結婚詐欺でもねぇ、押し売りでもねぇ、盗られようにも財産もねぇ…。
最終的に出た答えは悪意のないストーカーで、それってつまりは俺に好意を持ってくれているただの男だろう？
男ってのが引っ掛かるが、事実そうなのだから仕方がない。過去に男に言い寄られた経験がない訳でもなかった。
「お前、俺のことが好きなのか」
「嫌いではない」
「じゃあなんだ。やりてぇだけか」
小太郎はそこで言い淀んだ。
「すまぬ。…今は遠回しに言うと誤解を生むのであったな。氏康、我はうぬが好ましいぞ。知っていたであろう？」
「知らねぇよ。本当よく分からねぇ奴だな。でもな、俺はお前に俺をくれてやる気はねぇぞ」
「安心せよ。無理強いはせぬ」
「だいたい俺はインフルエンザウイルスの保菌者なんだ。あんまり寄るんじゃねえ」
「そうであったな」
小太郎はまた俺の頭を撫でた。
（本当に分かってるのかな…こいつ）
そう思いながらも、その手を振り払う気にはなれなかった。