09
押し切られるまま小太郎が居ついて一週間。
手厚い看病を受けながら週は明け、俺は全快していた。今日からは通常通り診察も再開している。
最後の患者を見送り、消毒をし、着替えてから二階に上がると良い匂いが流れてきた。扉を開けるとキッチンに立っている小太郎が振り向く。
「終わったのか？」
「あぁ。なんかいい匂いだな」
「うぬは魚が好きであろう？煮付けた」
小太郎は元気だった。二次感染することもなく、元気そのものだった。
（なんでこいつインフルエンザ感染らなかったんだよ。あんなにくっつかれたのに…）
正直、解せない。
そう。あれから一週間…死んだ方がマシだ、とまで言ったのに、小太郎に流される様にして寝てしまったのだ。
どうしてこうも簡単に許してしまったのか自分でも理解に苦しむ。当然の様に自分が抱かれる側だったし、そんな経験があった訳でもないのに何故…と思う。
だがそっちの話はさておき、小太郎のおかげで生活の質は飛躍的に向上していた。今時、結婚してもこれほどの至れり尽くせり生活が送れることはないだろう。
「風呂も沸いているが、先に入るか？」
「いや、いい。ちょっと休憩してぇな」
「おいで」
すっかり見慣れた笑みに手招かれ、並んでソファーに腰を下ろす。
そのまま俺だけが寝転がり小太郎の膝に頭を乗せる。こう言ってはなんだが、髪を撫でられながらゴロゴロしているのが物凄く心地良かった。
「…久しぶりの仕事はどうだった？」
「別に変わりゃしねえよ」
「……そうか」
「なんだよ。何か言いたいことでもあるのか？」
小太郎がこういったすっきりしない態度をとるのは珍しい。
様子を伺っていると上から視線が下りてきて目が合った。
「我はもう、風邪を引かなくても、良いだろうか？」
言われて気づいたが、医院を開けている日に小太郎を診察しなかったのは…数ヶ月ぶりのことだった。
俺のインフルエンザは完治した。もう看病してもらう必要はない。
小太郎は、風邪でもなければ内科に通う理由がない。だが風邪を引かなくてもいいかと聞いてくるのだから、これ以上仮病を使うつもりはないということか。
「今度、本当に風邪引かれたら俺が面倒看なきゃならなくなるだろうが。引くなよ」
「わかった。我はここに居てもよいのだな？」
「まぁ、そういうことだ。そういやぁお前どこに住んでるんだ。本気で上がりこむつもりなら荷物取りに…」
「そこだ」
小太郎が指差したのは病院の周囲に建つマンションの一つ。
道路を挟んだ向こう側の建物は、この部屋の窓からも良く見えた。つまり、あちら側からも良く見える、ということだ。
「あそこかよ。…お前、もしかして俺の部屋覗いてたりしたのか」
「したな」
「したなって、呆れた奴だな。もうするなよ」
「これからは傍で見ているぞ、氏康」
小太郎の偏執ぶりを目の当たりにして、一瞬決断を誤った様な気がしたが…まぁいいかと思う。
「勝手にしろ」
『見ているぞ、氏康』
いつだったか…、ずっと以前にもそんなことを言われたことがある様な気がした。