「出来た」

筆を置き、氏康は畳の上に寝転がった。
ほっと安堵の息をつくと、思い切り体を伸ばし、それから脱力する。これで今抱えている面倒事にも一段落がつくかもしれない。その為にここ数日、頭を悩ませていた書状だった。
ぼんやりと天井の板目を見つめていると、眠気が押し寄せてくるのが感じられた。

「これくらい、前は何でもなかったってのに」

まだ全ての仕事が終わったわけではない。起き上がらなくては、そう思い意識を他へ向けようとしてみるが眠気は深まるばかりだ。体を起こそうと思いはしても、疲れた体がそれを拒否している。
外は晴天。聞こえてくるのは吹き抜けていく風の音だけ。
とても静かな日だった。

「こんな日ばかりが続けば…いいのによ」

戦なんてなければいいのに。そう思いはするのに戦は終わらない。
奪おうとしなくても、ただ守りたいだけでも戦は起こった。何度でも。もう面倒くさいことは忘れて眠ってしまいたい、そう思う反面、今やらなければと気が急ぐ。
そんな日ばかりが続いていたせいか、意識は沈んでいく一方だった。瞼が重い。

「……小太郎、いるか？」
「どうした」

声をかけて間も無く、大柄な忍びからの返答があった。
どこからともなく現れる彼の気配を探し、氏康は寝転がったまま声のした方へ視線を送り、手招きする。

「悪ぃんだけどよ、少しばかり話相手になってくれ」
「何故だ」
「眠ぃんだよ」
「眠いのなら寝ればよい」
「そういう訳にもいかねぇよ」

少しの間があって姿を現した小太郎は氏康の前に腰を下ろし、何故か己の着けている籠手を外し始めた。

「なにしてるんだよ」
「うつ伏せになれ」
「はぁ？」
「体がつらいのなら我が治してやろう」
「……いや、遠慮する。お前の按摩、死ぬほど痛いだろ」
「多少痛かろうが体が楽になる上、目が覚めるのならよいではないか」

確かに目が覚めるのなら、それでもいいか。
思考の半分止まった様な頭は小太郎の提案を言葉通りに受け止める。

「それもそうだな。けどな、俺が痛いって言ったらすぐやめろよ」

安易な気持ちで氏康はうつ伏せになった。
やがて、ひんやりとした手の感触が背中に降りてきて、体の力を抜く。手のひら全体で掛けられる重みは疲れた体にとても心地良かった。

「なんだよ、今日は…痛くしねぇのな」
「うぬが望んだのであろう？」
「…そう、だけどよ」
「うぬには休息が必要だ」
「まだやることが……あるんだよ」
「氏康、少し黙っていろ」

悪意さえ感じる優しい按摩に、氏康の意識は徐々に低下していった。

「……眠れ」

その声に一瞬、続きをしなければという意識が持ち上がったが、髪を撫でる感触の心地よさに完全に意識が沈んだ。


「うぬの無理を止めるのも我の仕事か？手のかかる主よな」

小太郎の呟きはもう聞こえていなかった。



これも仕事のうちなんです？

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