「何故なのであろうな」
「何故と言われてもな、昔っから苦手なんだよ」

布団に入っている氏康は両腕を交差させ、視界を閉ざす様にして仰向いていた。少しばかり早い呼吸を窺いながら、小太郎は目の前にある小さな紙包みを開く。

粉薬。

粒子の細かいこの薬を氏康は何故か飲めない。
飲み下すよりも先に噎せてしまうのだ。
粉のままでは飲めない、だが溶かしてしまえば、あまりの苦さに飲めるような代物ではない。
それでも効きだけはお墨付きの薬は氏康が寝込んだ時に必ず処方されてくる。

「腕をのけよ」

小太郎の声に氏康は素直に手をどけ、閉じていた瞼を開けた。
熱のせいで少し潤んだ瞳がぼんやり小太郎を見る。
小太郎は不思議な既視感でそれを見ていた。外見がどれほど逞しくなろうと、弱っている時の姿は子どもの頃と変わらないものらしい。

「これを飲んで休めばすぐに良くなる」

少しだけ頷いてみせる仕草さえ子どもっぽく見え、思わず小太郎は氏康の髪を撫でた。

「よしよし」
「おい、子ども扱いすんな」
「なれば、粉薬くらい飲めるようになるのだな」
「うるせぇよ」

小太郎は無造作に己の口に薬と水を含み、氏康の口を塞いだ。
覆いかぶさり、無理にこじ開けようとはしないまま待機すると、意を決したように氏康が受け入れる。

「ん…」

流れ込む液体を素直に飲み下そうとはしても、やたら苦い粉の感触は易々と喉を通りはしない。押し問答を繰り返しているうちに氏康は吐きそうになり、小太郎を押しのけようと体を捩った。
それを真上から押さえつけるようにして阻止しながら、更に深く口付ける。
あぁ、と小太郎は思った。
まるで無理矢理抱いているような奇妙な高揚感。

「むぐっ…ぐぅ」

もがく氏康の喉が上下する。
酸欠と紙一重の状態でようやく嚥下したのを確認し、小太郎は唇を離した。氏康は激しく咳き込み、互いの乱れた息遣いが部屋に満ちる。

「げほっ…、はぁ、苦ぇ」
「うぬが普通に飲めば、これほど苦くはならぬ」
「巻き添えくわせて悪ぃな」
「今更であろう。もがいたかと思えば縋りついて来る、そんなうぬを見るのも面白いが」
「こっちは笑い事じゃねぇんだぞ。けど、これが一番効くんだよな」

確かにそれが分かっているだけに毎回格闘するのだが、小太郎からすれば無邪気に身を任せるのも大概にせよ、と言ってやりたくなる。

「クク、そんな様で我が居なくなったらどうするつもりなのだ」
「……そりゃ困る。こんな情けないことオバケさん以外に頼めねぇよ」
「ほぅ」
「だいたいこんな飲ませ方覚えさせたのはテメェだぞ。責任取りやがれ！」

氏康は布団を引き上げ、小太郎に背を向けた。
きっと照れ隠しに違いない。
小太郎はゆっくりと布団の脇に移動した。

「氏康、水だ」

湯飲みを押しやり、顔を近づける。
驚いた表情が近すぎるほど近くなり、見えなくなった。
湯飲みを受け取ろうとしていた手は、いつの間にか背に回っていた。



だけど可愛い主様

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