「氏康、次の戦に我らが要らぬとはどういうことだ」
「どうもこうも、言葉の通りだ」
「我らが動いた方が明らかに効率が良い」
「それは俺が判断することだ」

先刻の軍議の際、風魔忍隊の助力不要と氏康は言った。
さして大きな戦ではない。
だが戦は戦。忍び働きがあるに越したことはないはずだった。

「とにかく今回は休んでいてくれ」
「何故だ」
「もう決めたんだ」
「我は要らぬ、と」
「要らないなんて言ってねぇ！」

思わず声を荒げてしまい、氏康はばつの悪そうな顔をした。

「要らない訳ねぇだろ。そうまで言うなら何人か貸してくれればいい」
「そうか。ならば勝手にさせて貰おう」
「待て！」

小太郎を野放しにしては面倒なことになるのは明らかだ。痺れを切らし立ち去ろうとする腕を思わず掴み、氏康は慌てて手離した。

「わっ、悪い…」

明らかに動揺した様に、小太郎は何かに気付いた様子で氏康を覗き込む。

「そうか。うぬは我の腕を気遣っているのだな。氏康、答えよ」
「怪我人を引っ張り出すほど人手不足じゃねぇんだよ」
「前の戦で負った傷なら大事無い。ちょうど暇を持て余していたところだ」
「よく言うぜ」

前の戦の際、小太郎は利き腕に怪我を負っていた。
負傷から十日が過ぎ、氏康から見ても彼の動きや様子に不安は感じられなかったが、突然起こってしまった小競り合いの様な戦に彼を引き出すことは避けたかったし、必要性も感じなかった。何より負傷した際、完治に半月ほどかかると言った彼の言葉を思えば少々時間の足りなさが気にかかる。

「本当にオバケさんが出る程のことじゃないんだ」
「それなら尚更問題なかろう。我を連れて行け」

小太郎には譲る気配がない。来るなと言ってみた所で勝手に乱入してくることはもう目に見えていた。

「……仕方ねぇな、連れて行く。その代わり勝手なことはするなよ。約束しろ」
「よかろう。臆病な子犬よ」

大きな手が氏康の頭を撫でる。
子どもの頃から己を助け、頭を撫でてくれた小太郎。全てを一瞬で消し去る、凶暴な力を持っている忍びと言えど、彼自身は不滅ではない。その肉体は怪我もすれば命を落とすことさえもある。
氏康は、まだ自分が幼かった頃、常人では無謀とも言える作戦を背負い、彼ばかりが怪我を負った戦をいくつも見ていた。例えそれが本人の希望であったとしても、その現実には割り切れない思いがある。
けれど北条家当主となった今、氏康にはそれを阻止することの出来る力があった。

「それで我は何をすれば良い」
「本陣に居る俺の護衛だ」
「……氏康」
「なんだ、不満かよ」
「素直だった子犬も随分と狡賢くなったものよな」
「何言ってやがる。こちとら守るもんが増えて大変なんだ。ちったぁ協力しろ」

不満そうな彼の腕に手を添え、いたわる様に氏康は撫でた。

「ったく、……ド阿呆が」



主からの肩叩き

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